オバちゃんの遺品整理

私にとって人生の起点となった存在のオバちゃんが居るのですが、今から1年と6カ月前に亡くなり、80歳という年齢で亡くなりまして、実際に遺品整理には立ち会う事は無かったのですが、何かしら形見のような物が欲しいと思っています。

しかし、物ではなく精神的な面でのプレゼントを最期の最期で頂いたと思っており、人生を生きていく上でのエネルギー源を与えて頂いたのですが、何が凄いって葬式の日に会場に入りきらないぐらいの人が押し寄せており、どれだけ偉大な人だったのかと、その時に知る事になりました。

会場には遺品整理をして出てきた幾つかの品が置かれていたのですが、思わず盗んでしまいたくなりましたが、実のところオバちゃんとは親しい関係にあるわけではなく、3回か4回ほど合った事があるだけで、年齢も違うのでちゃんと話が記憶はありません。

そんな私にとっての印象として残っている姿と言うのが1つありまして、それは何かを伝えようと本気である姿、命をかけて生きると言う姿を見せつけられました。

若い私よりも迫力があり、その眼差しは真実そのものだと思います。

その姿をみた私は、何を本気で伝えたかったのかを知るためにも遺品整理の現場に立ち会いたかったですし、その真意を確認したいという思いが強かったです。

いずれにしても、その姿を目の当たりにした私は、故人であるオバちゃんの存在をとおして、自分の生き方そのものにも大きな影響を与えてくれたと実感しております。

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息子を亡くした深き悲しみ

オバちゃんとの思い出は少ないのですが、本気になった時の人間と言うのはエネルギッシュでして、どれだけ自分がぬるま湯に浸かっていたのか思い知らされます。

遺品整理の話に戻しますが、これまで一度も遺品整理の現場に立ち会った事のない方は分からないと思いますが、残された遺族の悲しみが深くて声をかけられない場合もあり、例えば中学生で息子を亡くした奥さんの深き嘆き、そんなときに私がかけられる言葉は思いつきませんし、どれだけの悲しみを感じているのかは、とうてい想像つきません。

親戚のおばちゃんの遺品整理の手伝いに行った時に、そんな状況を見せられて、涙を見せないように深いため息をつきながら我慢していて、当時、高校生だった僕が「何故こんなに若くして死んじゃうのだよ」と言うと、それまで堪えていた涙が瞳から溢れだし、僕にしがみついて泣きじゃくっていました。

遺品整理を出来るような状態ではないのに、息子なので自分の手で整理してあげたいと思ったのでしょうが、遺品を見て辛くないわけがないですし、無理しているのが高校生の私にもわかりました。